郷田の花見

「花見に行かれない」

 

大の花見好きで知られる郷田は

打ちひしがれていた。

例年ならば幹事を請け負い、

場所取り、同僚の出席取り、

予算管理といった業務を

1人で率先して行なっていた。

 

「今年は花見ができない」

郷田は打ちひしがれている。

 

 

郷田の家の2階のベランダから桜が見える。

50m先に立派な桜の木が並んでいる。

ベランダから桜を眺める郷田はため息をつく。

 

「間近で、あの桜が見たい」

 

しかし50m先の桜からは花見の臨場感が伝わってこない。

郷田はひっそりと涙を流した。

 

昼間だというのに郷田は布団に入った。

目を閉じると、頭の中に桜が浮かび上がる。

「ああ、綺麗だ」

頭の中の桜は目の前にあるかのようだ。

 

その時、郷田はガバッと布団から飛び起きた。

 

「これだ」

 

郷田は思い付いた。

頭の中で花見を開催しようじゃないかと。

早速また布団に入る。

郷田は頭の中で場所取りを始める。

郷田は頭の中で出席確認を取る。

郷田は頭の中で買い出しに走る。

 

さあ始めよう。

だが郷田以外の参加者が集まらない。

なぜだろう。

郷田は気付いた。

参加者の同僚の顔がよく思い出せないからだ。

桜の木はこんなにすぐ思い出せるのに。

 

とりあえず参加者の顔を適当に並べる。

かつて愛した愛犬の顔。

最近見たドラえもんの登場人物たち。

最近見たサザエさんの登場人物たち。

最近見たドリフターズの人たち。

なんとも楽しくなってきて

郷田は1人ニヤニヤが止まらない。

 

郷田は買い出しで手に入れた

大量の食べ物、ビールなどを

飲み食いし始めた。

「ああ、桜はいいな」

 

しかし、始めて20分ほどで物足りなさに気付いた。

「桜の木ってこんな形だっけか?」

郷田は目を開き、布団から飛び出す。

ベランダからもう一度あの桜を眺める。

 

「ああ、

そうだ枝はあそこから分かれるんだったな」

郷田はまた布団に入りイメージをし直す。

花見を続けるうちに、また物足りなさを感じる。

郷田はまたベランダに行き双眼鏡で詳細に桜を眺める。

また布団に入りイメージをし直す。

しかし物足りなさを感じる。

「そうだ香りが足りないんだ」

またベランダに行く。

 

そうこうしているうちに夜になった。

郷田は孤独を感じ誰かに会いたくなる。

 

 

物音ひとつしない世界で

郷田は思い出す。

 

 

「そう言えば、今この世界で存在しているのはおれだけだったか」

 

郷田は布団に入り

 

花見の続きを始めた。

ダンボール

鳥が飛んでいる

コーヒーから湯気が立つ

本屋に新刊が並ぶ

バナナが昨日より傷んでいる

いつもの時間に目覚ましが鳴る

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

倒れてくる

それを元に戻す

 

 

未読のメッセージがたまる

布団に入り不安が頭をよぎる

紛らわす方法を

毎日あれこれ試している

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

倒れてくる

起きて

それを元に戻す

 

コートを着る

鍵をかけて外に出る

牛乳を買う

信号が点滅する

帰宅したら郵便受けの中に

書類がたまっている

 

読もうと思った本が見当たらない

古本屋に売ってしまったことを思い出す

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

倒れてくる

またそれを元に戻す

 

コーヒーが冷めている

テレビをつける

10秒でテレビを消す

カーテンを閉める

電気を消す

 

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

倒れてくる

元に戻す

 

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

倒れてくる

元に戻す

 

布団に入る

不安が的中する

立てかけておいた折り畳んだダンボールが

 

 

倒れてくる

ダンス

才能にあぐらをかいている

五感の上で

「見るなら見ろ。聞くなら聞け」

師匠の言葉だ

師匠って誰だっけ

ああ、確か今吹いている風だった

 

街は大きな図書館だ

そこら中に学ぶべきものが並んでいる

夕方5時頃、街に影が落ちてくる

地球の傾きを感じる

傾いた分たまっていた水が流れていく

どこに?

ああ、昨日あの人が流した涙がそれだった

 

レコード屋に入る

ジャズドラムがツクタカツクタカ言っている

その上でメロディがダンスしている

 

風に吹かれて葉っぱがそよめくことと

人間が音楽に合わせてダンスすることは

似ている

 

夜、赤いワインを飲む

その赤色は

頬の色へと

そして

明日のぼってくる太陽へと

伝染する

 

伝染は

ひとつの船に乗った生き物たちに

平等に与える

 

それをダンスと名付けた

君の顔が

笑顔でありますよう

音の出ないギター

駅前でギターを弾いてる男がいた。

 

そこへ警察が来た。

「ここで音を鳴らすのは禁止されている」

ギターの男は答えた。

「このギターは無音ギターです。

弾いても音は出ません。

鞄と同じような物です」と。

 

警察は諦めてどこかへ行ってしまった。

 

ギターの男はひたすら演奏を続けた。

音は出ていないのに。

 

僕はその場を立ち去った。

 

二時間後、あの男のことが気になり駅前へ引き返した。

 

男はまだ演奏を続けていた。

そして50人ほどの聴衆がその男を取り囲んでいた。

僕は背伸びをしてギターの男を見ようとした。

 

依然、ギターから音は出ていない。

しかし男は

喜怒哀楽のどの感情にも当てはまらない空気を

その場に作り出していた。

 

聴衆は完全にその男に魅了されていた。

 

また警察が来た。

「ここは演奏禁止だ」

 

男は答えた。

「このギターからは音は出ていません」

 

警察は言う。

「こんなにも人を集めては周りに迷惑だ。

すぐ立ち去りなさい」

 

男は、音の出ないギターをぶら下げ立ち去ってしまった。

 

残された聴衆たちはまるで

人生が変わったかのような感動を胸に刻み

 

 

それぞれの

 

家に帰った。